インドは古くから綿の国でした。植物繊維である木綿に美しい色を染めることは難しく、17世紀以前に赤や黄色を鮮やかに発色させ、しかも洗っても色落ちしない布を作る技法をもつ国はインドをおいて他にはありませんでした。本展覧会では、交易により世界に輸出され、変化を遂げていったインド布の伝播に着目し、ヨーロッパをはじめ、インドネシア、タイ、ペルシャ、日本などへもたらされ、それぞれの地で変化を遂げた布たちをご紹介いたします。
展示では、「更紗」の名で知られる捺染布をはじめ、ヨーロッパに渡った豊かな色彩のエキゾチックな柄のパランポールと呼ばれる捺染布、1枚作るのに最低3年はかかるといわれる緻密な綴織のカシミールショールなどを展観します。そして、何よりインド国内の宮廷や寺院で使われた金銀糸織や、今では技法さえわからないほどの複雑な絞り染めのターバンや上質の木綿モスリンなど、インド染織の幅広さや奥深さをお楽しみいただきます。
第1章:ヨーロッパに渡ったインド布とその展開
インド布が特に影響を与えたのがヨーロッパです。媒染技術が知られていない17世紀に、インドからもたらされた発色が美しく、さらに洗って色落ちしない布は人々を驚嘆させました。そのデザインは「生命の樹」や花綱模様などエキゾチックなもので、白地に鮮明な色で染め上げられました。
ヨーロッパ向けにコロマンデール・コーストなどで作られた「パランポール」と呼ばれる捺染布、ヨーロッパ上流階級のドレスに仕立てられたモスリン木綿、1枚作るのに3年はかかるといわれる繊細なカシミヤ山羊の毛で織られたショール、そして、イギリスやフランスで作られたプリントやジャカード織の模倣布など、本章では、ヨーロッパとの関係の中で作られた布を展示します。
第2章:東南アジア、ペルシャ、日本へ渡ったインド布とその展開
日本で「更紗」の名で知られる布は、インドからインドネシアに渡った捺染布と、その後にインドネシアで作られた蝋で防染した模倣布(バティックなどのことを指します。本章では、「更紗」を含むインドから中東やアジア圏へと渡り、さらに各地で模倣された布たちを展示します。
西インドのグジャラートからインドネシアへ輸出された捺染布のデザインは、両端に鋸文があり、幾何学文が多いという特徴があります。インドネシアは捺染布のみならず、ヨーロッパにはない絹絣「パトラ」などが伝わりました。パトラは族長だけが所持することができた不思議な力を持つとされる布で富と吉祥の象徴でした。そしてインド東海岸のマスリパタム産の「ペルシャ更紗」と呼ばれる捺染布は、イスラム教徒が礼拝の際に敷く布として使用されました。本章では「更紗」だけではない中東やアジアへ展開した布たちの展開を追います。
第3章:インド国内で使用された布
王侯貴族用、寺院の荘厳や儀礼用を中心とした、現在に残る貴重なインドの布を展示します。古くから絹は中国が有名ですが、木綿はインドが独壇場でした。木綿に手描きや木版で花柄などを捺染した布を中心に、上質の木綿モスリン布に金箔を押した「印金」と呼ばれるものや、上質な手刺繍を施した「チカン」、経浮織(ジャムダニ)サリーなどを展示します。
木綿以外にも、様々な布が作られました。絹地に金銀糸を織り込んで、儀礼の際に牛に掛けた布、カシミヤ山羊の内毛で作ったパシュミナの上質なショール、イスラム社会の伝統を反映した「マシュルー」といわれる経糸に絹、緯糸に木綿を用いる交織など、本章ではインド在地に伝わった美の結晶をお楽しみいただきます。