吉本直子(1972- )は兵庫県の加西市出身で西脇市在住の現代美術家です。
吉本は、心理学者の河合隼雄に憧れ、京都大学教育学部教育心理学科に進学しました。 卒業後は臨床心理士になる道もありましたが、インドを旅する中で、優れた染織工芸品と出会い、祈りと生活が共存する世界に感銘を受けます。
私たちにとって最も身近な布である衣服は、長く着用するほど、汗や皮脂などの生きた痕跡が残ります。
その時、衣服は単なる布を超え記憶を記録する媒体となります。そこに着目した吉本は、自らが使用した布を用いた作品を発表し始めました。
その後、他者の記憶により強く惹かれるようになった吉本は、他者が着用した衣服、とりわけその痕跡が色濃く残された白い古着を使用するようになりました。方形に圧縮し、のりで固められた多量の白いシャツは、外観はブロックで作られた建築物のようですが、内側にはシャツの袖の形が残され、生きた人間の存在を感じさせます。古着 を 使用した 作品の前に立つ時、私たちは人間の生と死に向き合うことになるでしょう。
2020年、人と人との関係性が希薄になり、誰もがかつてないほど死を身近なものとして意識した新型コロナウイルスのパンデミックの渦中、吉本は、オーストラリアのパースを拠点とするダンスカンパニーCo3コンテンポラリー・ダンス・オーストラリア と共に新たな作品を制作します。
ワークショップ「ザ・バードメーカーズ・プロジェクト 」( 2020年)では、世界各地の人々が、自身の古着を使用した鳥 の形をした ソフトスカルプチャーを制作しました。
このワークショップで生み出された 1,500羽を超える鳥は、 翌年に開催 されたパースフェ スティバルでの ダンス 公演 「 アーカイブ ス・オブ・ヒューマニティ 」( 2021年)の舞台 を彩りました。ダンサーたちがうちひしがれた後、団結して立ち上がっていくパフォーマンスは、コロナ禍で孤立したコミュニティが直面した危機と、力を合わせて未来に力強く進む人間の姿を想起させます。
それらの作品を経て、本展では、7メートルを超える天井高を活かし、壁一面に数千枚もの 古着 を使用した立体 作品を展示するとともに、新作を交えた立体作品を紹介します。さらに、ホワイエから会場となるアトリエ1までの空間には、「 ザ・バードメーカーズ・プ ロジェクト 」で制作された鳥の作品 と参加者のコメントシートをあわせて展示します。 鳥 の作品 に まつわる 参加者 ひとりひとりの 物語 は、コロナ禍のプロジェクトの姿を伝えるでしょう。