内容紹介
ミャオの衣装と聞くと,一度はご覧になった方も少なくないでしょう。独特の精緻な刺繍に飾られたボリューム感のある衣装は大変印象的で,日本でも,それを紹介する展覧会や書籍は少なくありません。しかし,華麗な飾りと豪華な刺繍は注目されても,その細かな技術や素材,パーツの背後に複雑な社会関係が織り込まれていることには,これまで関心がもたれませんでした。
ミャオ族は,中国南部から大陸東南アジアにかけての山間部に住んでいます。大陸高地のどこまでも山襞の続く土地で,漢族や周辺諸民族と交流しながら,どのようにその社会を維持してきたのか。家族関係,生業を通じた社会関係は独特です。そして,彼らの衣装を構成する個々のパーツの素材や色,刺繍の文様や製作技法,さらには着用・保管・譲渡といった行動にまで,社会関係(とりわけ母娘関係)に関わる規範と歴史が細々と織り込まれていることに,著者は気づきます。しかも,内陸山地にも否応なく押し寄せるグローバリズムに伴う社会変容の大波も,一旦衣装というモノに織り込まれることで抑制される,つまり衣装というモノが後期近代の激変の波に対する防波堤になっているかも知れないとも著者は言います。
女性ならではの深いコミュニケーションと精密な分析方法で,物質文化研究と地域研究とを結ぶ佳作,全頁カラーとすることで,もちろんミャオの衣装の細部の魅力も伝えます。ぜひ,広く研究者以外の方々にも読んでいただきたいと思います。
著者メッセージ
私の祖母は、私が小さい頃から自宅で草木染めや機織りをしていました。できあがった布を着物には仕立てるものの、着るわけでも、売るわけでもなく、ただ毎日家事の合間に染織に励んでいました。祖母はなぜ手仕事を続けるのだろう。この疑問は、いつも私の心をとらえていました。その答えは、いまだにでていませんが、何かを手作りすることは人間にとってかけがえのないことなのだと思うようになりました。
ミャオ族の民族衣装を研究しようと思いたったのも、そんな祖母との経験がきっかけでした。私が研究をはじめた頃は、ミャオ族はもう民族衣装を製作していないだろうし、その製作技術もほとんど継承していないだろうと言われていました。中国の急激な経済発展によって、農村部の若者は沿海部へ出稼ぎに行き、民族衣装は過去の遺物となっているという意見が多かったのです。そもそも、中国の農村に1年以上住み込んで、衣装がどのように製作されているのかを調査した研究者はほとんどいませんでした。私が中国貴州省で調査をはじめると、ミャオ族の女性たちは衣装を製作しており、その多くは自分の着用のために製作しているのではないということがわかりました。ミャオ族の女性たちが、なぜいまもなお衣装を作り続けているのか、その答えを本書ではモノと人の側から探っています。民族衣装はもちろん、手仕事を愛する方々に、本書を手にとっていただければ幸いです。