手仕事の温もりと美しさによって、幅広い層に人気を博している刺繍は、伝統的な装飾品から日用雑貨にいたるまで、様々な形で現代の生活に浸透しています。本展は、そうした刺繍をめぐるアートを複数の角度から紹介するものです。東欧の交差路スロヴァキアやトランシルヴァニアの伝統的な衣装やテキスタイル、独特の造形とあざやかな色彩が様々なアーティストにも刺激を与えているイヌイットの壁掛け、さらには、絵本の挿絵として制作されたのびやかな作品から精緻なオートクチュール刺繍まで、多彩な作例をお楽しみください。

第1章 刺繍と民俗衣装

本章では、中・東欧の民俗衣装を中心に、生活のなかで受け継がれてきた伝統的な刺繍を紹介します。
現在、中・東欧として分類される国々では、地域によって異なるルーツと言語を持つ人々が、それぞれの文化を背景とした独自の文様や技法による刺繍で伝統衣装を彩ってきました。
ルーマニア中部トランシルヴァニアのカロタセグ地方は、19世紀後半のオーストリア・ハンガリー帝国時代に、ハンガリー文化の源泉として注目された地域です。この地方に住むハンガリー系の人々が手がけた刺繍は、太い線で布地を埋めたイーラーショシュと呼ばれるもので、力強さ、素朴さを特徴としています。一方で、同地域のザクセン系の人々が手掛けた刺繍には、クロスステッチを中心とした整然としたデザインが多く見られます。
次いでご紹介するのは、華やかさと技巧性に富んだ刺繍を特徴とするスロヴァキアの民俗衣装や装飾品です。伝統的に手工芸がさかんであった同地では、1960~80年代に、意欲的な指導者が古い文様を復活させたり、各地の特徴ある図案を組み合わせたりして、質の高いデザインを生み出しました。現在も、その保存・発展に努めている民俗芸術制作センターの協力の下、各地方の特徴を備えた作品群をご覧いただきます。

第2章 イヌイットの壁掛け

第2章 では、カナダの先住民族であるイヌイットの人々が、20世紀後半に制作した布絵の壁掛けをご紹介します。
20世紀半ば以降、極北地域に住むイヌイットたちのあいだでは、伝統的な狩猟生活から定住生活への切り替わりが進みました。その経済的自立を支援するため、芸術作品の制作が奨励されるようになります。ここでご覧いただくのも、版画や彫刻から始まったそうした創作活動の一環で生まれた作品です。かつて、狩猟によって仕留めた動物の毛皮で、家族の防寒着を手作りしていたイヌイットたちは、今度は材料をウールに変えて、表現活動を行うようになりました。
作品には、狩猟生活や、神話をはじめとする独自の伝承など、イヌイット固有の文化に根差したイメージが表現 されており、動物の入念な表現には狩猟者としてのイヌイットならではの感受性が垣間見えます。その大胆な色彩と、ときにユーモラスな造形感覚は、つくり手の自由な表現であると同時に、イヌイットの世界を豊かに語り継ぐ、貴重なテクストとも言えます。

第3章 刺繍と絵

ここでは、近現代のアーティストによる、様々な糸の表現をご覧いただきます。
まず、絵本画家・童画家の草分けである武井武雄の図案集をもとに制作された現代の刺繍家・大塚あや子の作品をご紹介します。武井の自由闊達な線画を、巧みに刺繍へと置き換える、大塚の創意と技術にご注目ください。
1950年代チェコの厳しい社会体制下を生きたエヴァ・ブラーズドヴァーにとって、刺繍は、失いかけていた 生きる力を取り戻すきっかけとなりました。息子であり20世紀チェコを代表するアーティスト、パヴェル・ブラーズダの原案による不思議な図案に惹き込まれます。
同じくチェコのエヴァ・ヴォルフォヴァーは、刺繍による絵本でチェコの著名なコンクールや文学賞に選ばれている現代の作家です。手作業の痕跡を強く感じさせる素朴さと、キッチンクロスや端切れなど身近な材料を取り入れた即興性、心和むストーリーに癒されます。
ふたたび日本から、樹田紅陽、蝸牛あや、小林モー子をご紹介します。
京都で刺繍業を営む家に生まれ、1987年に三世・紅陽を襲名した樹田紅陽は、緻密な色彩構成を特徴とする独自の作品のほか、文化財の復元にも積極的に取り組んでいます。伝統的な日本刺繍の粋をご覧ください。

第4章 刺繍とファッション

展覧会は、フランスのオートクチュール を彩る華やかな刺繍の世界で幕を閉じます。
パリには、ディオールをはじめとする高級服のメゾンの発注に応える専門の刺繍工房があります。注文に応じて、図案や、ビーズやスパンコール、モールやコード、羽根などのさまざまな素材、刺し方などを提案し、具現化します。その多種多様なテクニックのうち、なかでもクロッシェ・ド・リュネビュルという特殊なかぎ針によってビーズを縫い留め、緻密な図案を生み出す表現が、独特の刺繍技法として知られます。
本章では、そうした工房のうち、ルサージュと並ぶ名門メゾン・ヴェルモンが所蔵するヴィンテージ刺繍と、同工房が注文に応える過程で制作した刺繍サンプルを通して、創意工夫に満ちたオートクチュール刺繍の世界をお楽しみいただきます。

会期:2023年07月25日(火)~2023年09月18日(月)

※会期や入場条件等が変更になる可能性があります。最新情報は公式サイトをご確認下さい。

入場料前売券一般:1,000円/70歳以上:500円/大学生以下:無料
当日券一般:1,200円/70歳以上:600円/大学生以下:無料
団体券一般:1,000円/70歳以上:500円/大学生以下:無料
※企画展ご入場の方は、収蔵品展、ロダン館も併せてご覧いただけます。
※団体のお申込/20名以上の団体のお申込は、美術館総務課へお問合わせください。
※身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている方と付添者1名は無料。
※事前予約制を実施する場合は、ウェブサイト等でお知らせします。
開催時間10時~17時30分(展示室の入室は17時まで)
詳細情報 展示の詳細情報を確認する

静岡県立美術館

住所 〒422-8002
静岡県静岡市駿河区谷田53−2
入場料■収蔵品展
※ロダン館もご覧いただけます
大人 300円(団体200円)
年間パスポート 500円
大学生以下・70歳以上 無料

■企画展
※収蔵品展・ロダン館もご覧いただけます
展覧会ごとに異なります。

20名以上のお客様は団体料金でご覧いただけます。事前申し込みが必要です。詳しくは団体利用・引率の方へのページをご覧ください。
身体障害者手帳、療育手帳、精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている方とその付添者1名は、企画展・収蔵品展とも無料でご覧いただけます。券売所で身体障害者手帳等をご提示ください。ミライロIDもご利用いただけます。
大学生以下の学生の方は学校名の分かる証明書(学生証・生徒手帳等)を、70歳以上の方は生年月日の分かる証明書(運転免許証、保険証等)を券売所でご提示ください。
開館時間10時~17時30分(展示室への入室は17時まで)

夜間開館(不定期開催)
2023年8月11日(金)、12日(土) 10時~19時(展示室への入室は18時30分まで)
休日 毎週月曜日
ただし月曜日が祝日・振替休日の場合は開館し、翌日休館

年末年始、その他展示替等のための休館日
臨時休館はWebサイトで随時お知らせします。
公式サイト https://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/