本展では、南太平洋メラネシアのタパ(樹皮布)や編み布など、織物以前から伝わる手仕事による布と、オセアニアと日本の造形論への洞察を通して「染め」にしかできない表現を追求してきた福本繁樹、そして藍のもつ透明感や精神性を美術へと昇華し、近年では地方の生活と労働の中で作られ使われた古い自然布を用いた作品展開を見せる福本潮子、3つの作品群によって、布でしかなし得ない表現、ひいては表現媒体としての布の可能性について考えていきます。
福本繁樹は、戦後の経済成長や海外渡航の自由化などによる「探検の時代」を背景とした、1969年からの京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)による派遣で、パプアニューギニアの「民族美術」を目にして衝撃を受けました。これ以来、仮面や彫像ばかりでないオセアニアの造形、特に土器や染織、装身具や貨幣に着目し、その後十数回のフィールドワークを重ね、著作として日本へ紹介すると共に、独自の染織文化論を発展させてきました。また福本潮子は、パプアニューギニアに3回同行し、土地に根差す人々の造形が自然の営みの中から生まれる様子に遭遇したことで、翻って日本の伝統に目を向け、藍染めに出会い、現在もその可能性を探求し続けています。
八甲田山麓の自然の中に位置する青森公立大学 国際芸術センター青森。古くからの豊かな自然や、縄文をはじめ数多の時代を生きた人々の息吹が感じられるここ青森で、本展が自然と人間のかかわりによって生まれたかたち、生きていく上で欠かせない布から発露する根源的な表現について思いを馳せる機会となることを願っています。
主な展示物
オセアニアの造形 パプアニューギニアのタパ、ヴァヌアツの編み布(パンダヌス布貨幣)、ソロモンの紐衣とビーズ編み貝貨など
福本繁樹 新作《すっちゃん ちゃがら》《ちゃん ちゃがら》綿布・反応性染料・金銀箔、なるほど染め・布象嵌、2023年、など
福本潮子 継ぎはぎの古布(ボロ)を用いた新作、古い自然布の仕事着の布で制作した作品と同種の仕事着など
プロフィール
福本 繁樹 FUKUMOTO Shigeki
1946年滋賀県生まれ、京都市育ち。京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)西洋画科で学ぶ。89年まで家業の和装染色業に従事。京都市立美術大学ニューギニア美術調査隊に参加するなど、69―90年にかけて南太平洋美術を探査し、著作にも注力する。76年『メラネシアの美術』(求龍堂)の出版以降、染色家として作品発表を本格化させ、国内の絵画展や工芸展、80年代後半からスイス、ポーランド、インドネシア、中国、韓国などの国際展に参加するなど、現代美術やファイバーアートの領域で活動。京都を拠点に、「染め」が日本固有の文化であることを論証・実践し、染色・工芸論講義や民族藝術学会での研究活動にも取り組む。近年は「する」から「なる」へ、自然の理や現象にまかせた「なるほど染め」を考案。「日本の美」を伝えてきた、35年にわたる活動の軌跡を集約した作品集『愚のごとく、然りげなく、生るほどに』(淡交社)を2017年に刊行した。
福本 潮子 FUKUMOTO Shihoko
1945年静岡県清水市生まれ。68年京都市立美術大学(現・京都市立芸術大学)西洋画科卒業。ニューギニアの民族美術の学術調査に携わったことを機に、自らのアイデンティティを問いなおし、二代目龍村平蔵のもとで京都の染織文化を学ぶ。そのなかで藍に出会い作品制作を開始。日本の伝統と独自技法を組み合わせた藍染め作品を、80年代より欧米各地の国際展や個展で発表する機会を得て、国際的に評価を受けている。近年では、手績みの業が凝縮された希少な自然布に着目。時代とともに失われてゆく日本の手仕事にみられる風土や気質を再認識し、それを自らの作品に活かす制作を試みている。2015年、最初期からの活動の集大成として『福本潮子作品集 藍の青』を刊行(赤々舎、第50回造本装幀コンクール「出版文化国際交流会賞」受賞)。近年の個展「福本潮子展 藍の青 2021」(高島屋美術画廊やARTCOURT Gallery)などを通じ、古布の作品シリーズの新たな展開を見せている。