手で一針一針、縫い進めていく「刺繍」。糸や布などから生まれる多彩な表情に加え、制作に注ぎ込まれた時間や、作り手の身体性までもが一体となった濃密な表現技法です。
本展は、この刺繍に注目し、その魅力を幅広い分野の作品約 230 点を通してご紹介するものです。中・東欧の民俗衣装、イヌイットの壁掛け、現代の絵本原画やイラスト、絵画、フランスのオートクチュール刺繍など、さまざまな分野を横断しながら、時代や地域を越えて、今なお私たちの心を捉える刺繍の魅力を探ります。
ルーマニアとスロヴァキアから、かわいい刺繍が約 60 点
ヨーロッパ中・東部の多様性に富む文化は、生活の中で育まれてきた刺繍にもよく表れています。ここでは、ルーマニア中部トランシルヴァニアのカロタセグ地方に残る刺繍約 30 点と、伝統的に手工芸がさかんだったスロヴァキアで制作された、華やかで技巧性に富む刺繍約 30 点、あわせて約 60 点の愛らしい刺繍を、民俗衣装とクロス類を中心にご紹介します。
刺繍と布絵で語り継がれる、イヌイットの暮らしの記憶
カナダの先住民族であるイヌイットの人々が制作した壁掛けは、20 世紀半ば以降、狩猟生活から定住生活への転換を経験する中で生まれたものです。大胆で力強い造形の魅力はもちろん、氷の家、犬ぞり、狩猟など、かつての独自の生活スタイルと文化の記憶を語り継ぐ資料としても、大きな意味をもっています。
現代作家による、それぞれの「糸で描く物語」
刺繍は、素材が生み出す様々な表情に加え、作り手の身体や思考の痕跡までも感じさせる表現技法です。その魅力を、独自の視点から深めている現代作家としてエヴァ・ブラーズドヴァー(チェコ)をはじめ、絵本作家のエヴァ・ヴォルドヴァ―(チェコ)とホジェル・メロ(ブラジル)、樹田紅陽(京都)、小林モー子(フランス、日本)、蝸牛あや(東京)による、それぞれの「糸で描く物語」をお楽しみいただきます。加えて、近代日本の童画家の草分け・武井武雄と、現代の刺繍家・大塚あや子のコラボ作品もご紹介します。
パリの工房ヴェルモンに見る、オートクチュール刺繍の粋
近年、日本でも注目されているオートクチュール刺繍。クロッシェドリュネビュルという特殊なかぎ針を用い、糸で縫うだけでなく、ビーズやスパンコール、モールやコード、羽根など、あらゆる素材を縫い留めることのできる、専門性の高い技術です。このオートクチュール刺繍の粋を 1956 年創業のパリの刺繍工房メゾン・ヴェルモンの作品を通してご覧いただきます。